神待ち掲示板

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ネットの中に神様っているのでしょうか?
それは人によって違うでしょう。でも、いると思った方が幸せですよね。
よく神様のような人だって、人間を神様にたとえたりしますよね。
話は変わりますが、私は結婚しています。神待ち掲示板で知り合って、そして結婚。
共働きで貯金に励んで、中古ながらも、念願のマンションを購入しました。
引っ越しを終え、早速、夫と2人で、近所に挨拶に回りました。
神待ちから結婚するなんて奇跡的な出会いでした。
もちろん、両方の親には出会ったきっかけは秘密です。
すると、隣の部屋の夫婦はとても上品で、感じよく応対してくれました。
また、ステキな夫婦だったので、
「隣の住人が、よさそうな人でラッキーだったね」
と、夫と話していました。
その後、お隣の夫婦と親しくなり、一緒に鍋をやったり、焼き肉をしたりして、適度な距離を持ちつつも、いい関係が続いていたのです。
ある日、クッキーを焼いたので隣りに持っていって、奥さんとお茶を飲んでいると、「いい物見せて上げるわ」
と、大きな鞄を持ってきました。
「こういの、使ったことあるかしら?」

奥さんは鞭やローソク、バイブを見せてきました。
奥さんも神待ち経験者だったのです。
若い頃は、結構遊んでいたようです。
私が唖然としていると、「私、もともとクラブで女王様してた。で、主人は私の奴隷として、クラプに通ってたのね。で、結婚したの。普段は、普通の夫婦のようにしているけど、夜は、私は女王様、主人は私の忠実な奴隷になるの。」
突然のカミングアウト!人は、見かけによりません。
神待ちの後にSMの女王様なんて。
私は、目の前に並べられた道具と、奥さんを交互に見て、ポカンと口を開けたままでいました。
「ねえ、あなたもやってみたくない? きっと、あなたならいい女王様になれると思うのよ。ご主人マゾッ気ありそうだし」
私は、言葉が出てこなくて、ただ、首を横に振っていました。 不自然な動きだったと思います。

 

神待ち掲示板を信じるものは救われる?

神様はいると思いますか?
そう質問されても、あまり宗教に馴染みのない日本人の多くは戸惑う事がほとんどなのではないだろうか。実際、お墓以外は無宗教の私も答えに詰まってしまう。
神様が本当にいるのなら、四年前の震災をなぜ防げなかったのか。何の罪もない人たちの命があんなに奪われなければいけなかったのか。あの原発事故はなぜ起こったのか。聞きたいことは山ほどある。

 

しかしクリスチャンを始め様々な宗教の信者たちは、質問に何の戸惑いもなくイエスと答えるのだろう。特にそれ自体否定はしないし、信仰があるからこその強さのようなものを感じることもある。

 

以前、私が勤めていた法人は創立者がクリスチャンだった。そのため礼拝などもあったし、信仰というものが少し近くに感じられた。クリスチャンも多くおり、彼らの考え方に触れることもあった。

 

キリスト教では、人が亡くなっても神様の元への旅立ちと考えるので、私たちがよく知っているような故人を偲ぶような見送り方とは少し違う。私から見ると、どちらかというと明るい雰囲気の中で送り出していくようにさえ見えた。

 

重い病気にかかっても、神様が与えた試練なのだと真っ直ぐ受けとめていた。不安はないのかと尋ねられても、神様がついているからとニッコリ笑う。これが宗教が持つ強さなのかと感じた。

 

人は信じ、頼るものがあった方が強いのかもしれない。何が起こっても神様の思し召しと受けとめる姿を見ているとそう思えるのだ。

 

ただ一方で、今騒がれている海外での一連の人質事件のように、神様を盾にしたようなやり方は理解しがたい。良くも悪くも神様の思し召しという言葉は使えるのだと知った出来事だった。

 

神様への信仰があるということは、自分の考えや意志よりも神様のそれらが前に出てしまうことがある。クリスチャンの話のように、信仰が本人に強さをもたらしプラスとなることは素晴らしいと思う。
しかし、逆になることもあるのだ。神様への信仰が負の感情すら消し去っているように見える。彼らからその信仰を取ったら、同じ行動をしたのだろうか。おそらく結果は同じだろう。ただ、神様の存在に罪を擦り付けたような今のやり方はできなくなる。
神様は信者の喜びも悲しみも憎しみも、そして罪や欲さえも受けとめる。信者の代わりに、または信者と一緒にその喜びも悲しみも憎しみも、そし罪や欲さえも広めていく。そんな風に見える。

 

神様の存在を信じるかどうかは自由だ。ただ、信じる者もそうでない者も、自分の考えや意志は何より大切にしなければならない。そう思った。

 

神待ち娘の家に招待された時の話

その娘は,お母さんと二人暮らし。毎年、誕生日は親子で過ごす約束をしているらしく、その日は、祝ってほしいとぼくを招いてくれた。
人見知りのぼくは神待ち娘のお母さんに会うのが憂鬱だったが、断るわけにもいかず約束の時間に訪れた。インタ?ホンを押して中に入るなりぼくは大きな衝撃を受けた。
なぜなら出迎えてくれたお母さんが、あまりにも美しかったからだ!
案内されるままに豪華な食べ物が乗っている机の席に座っても、興奮は収まらなかった。それは彼女のお母さんと対面するプレツシャ?ではなく、圧倒的にきれいな女性を目の前にして委縮しているからだった。

 

そんなぼくの気持ちを察してか、お母さんは初めて会う娘の彼氏をジロジ口と値踏みすることなく優しく接してくれた。
自分のことに話題が及ぶと居心地が悪くなったのか、娘は自分の部屋に行こうとうながしてきた。もっとぼくはお母さんと話していたかったが彼女の機嫌を損ねてはまずいと思って、それに従った。
自分の部屋でリラックスしたのか、それとも誕生日でテンションが上がっていたのか、いつになく彼女はべッドの上で甘えてキスをしてきた。
興奮しているようで、神待ち掲示板で知り合った女の家で親が一階にいる状況でのエッチはかなり興奮した。かなりの長時間のエッチだった。神待ち掲示板